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和歌山毒物カレー事件 その5

2、ヒ素の科学鑑定の信憑性、その意味 3

②ヒ素の濃度問題

次におかしい点を紹介する。下の図のミルク缶の「つよいこ」から紙コップに移され、プラスチック容器を経て、そしてカレーの鍋に入れられたとされている。

 

(現代化学2014年6月 木を見て森を見ない分析 河合潤より)

これについて誰でもすぐおかしいと思う点は、ヒ素の濃度である。つよい子はヒ素濃度49%であるが、これがプラスチック容器に入れられ、そして青色紙コップに入れられた段階でヒ素濃度が75%(亜ヒ酸濃度換算98.7%)にぐんと濃度がアップするのである。入れ物を入れ替えることで不純物が増える、つまりヒ素の濃度が低濃度になることはあり得るが、高濃度に変化するのは、これはさすがに科学的にあり得ない。

 

ちなみに石塚伸一氏は、法律時報86巻10号の「和歌山カレー毒物混入事件再審請求と科学鑑定」の中で不純物の濃度などからして、プラスチック容器のヒ素の濃度が青色紙コップのAs濃度のおおよそ1/7~1/3程度であったと推論している。つまりプラスチック容器のヒ素濃度もT氏ミルク缶つよいこの49%に匹敵するとしているのである。

 

容器を移し替えていることで濃度が上がることは科学的にあり得ない。この矛盾に裁判所はきちんと答えていない。

 

③ヒ素の同一起源の鑑定の信憑性

 

中井鑑定では重元素(Mo、Sn、Sb、Bi)のパターンで鑑定資料1~7が同一起源であるとされた。しかし京都大学工学研究科の河合潤教授(以下、河合教授とする)が、中井鑑定で無視された軽元素(Fe、Zn、Mo、Ba、As)のパターンを比較したところ、林さん宅から発見されたプラスチック容器付着のヒ素(資料6)は、紙コップに付着のヒ素(資料7)と異なることが判明した。

 

この河合教授の分析では、紙コップと林さん宅プラスチックのヒ素と違うということだけでなく、なんとすべてが違うとの結果に至ったのである。なお、河合教授が軽元素を分析したのには理由がある。

 

それは亜ヒ酸をシロアリ駆除剤として使う際に、デンプンやカルシウムによって希釈して使ったと思われ,元の緑色ドラム缶から分けたヒ素の保管状況や混ぜ物の種類に依存して軽元素分布(Na、 Mg、 Al、 P、 S、 Cl、K、 Ca、 Ti ~ Zn の遷移金属元素)が異なるため、所有者の特定が可能となるということである。

 

ただ河合教授によると「Fe とZn 以外の遷移金属元素や,Na、Mg、 Al、 P、 S、 Cl、 Caについても検討したかったが,空気中での実験であったためNa、 Mg、 Al のピークは見えていないようであり、P、 S、 Cl、 Ca やFeとZn 以外の遷移金属元素もはっきりしないため、解析しなかった」とのことである。

 

それを示したのが以下のグラフである。

(X線分析の進歩 第44集(2013)和歌山カレーヒ素事件鑑定資料の軽元素組成の解析より)

(このグラフの鑑定資料の番号1~7は、図1に表示されたものである)

 

Fe:Zn:Mo:Ba:(As サム)の比を比較するために,棒グラフで示したのが図7である。この棒グラフを各鑑定資料同士を比較すると、紙コップのヒ素(資料7)と同じ元素組成比を持つヒ素は資料1~6の中に存在しないことが分かる。

 

例えば、7と6と比較すると、Asについて資料7が資料6の約7倍の量あるのに対して、Feは逆に資料6が資料7の約1.5倍の量となっている。Zn、Mo、Baは6と7では、近い量である。

 

7と5を比較すると、Asについては、7は6の約1.1倍の量であるが、Feは、7は5の3倍くらいの量である。Moは、逆に5が7の4倍程度多い。

 

このように、図7の資料1~資料7の棒の高低の「パターン」を見比べれば、資料7(紙コップ)と一致するものがないことが分かる。

 

つまり、7の青色紙コップと同じ組成物質がない、全部違うということになるのだ。これはスプリング8を使った中井鑑定と全く違うということだ。

 

このような結果が出ている以上、有罪判決の重要な根拠になった同一起源との鑑定結果を出した中井鑑定さえ崩れたことになる。

 

以上のとおり1、目撃証言の信憑性、2、同一起源しか示していない鑑定、そして3、この同一起源の鑑定さえ間違っている可能性が出ている以上、この事件は再審開始すべき事件であると結論付ける。

 

 

追記)

読者の方の中には、「ヒ素のある家なんて中々ないと。林家にはヒ素があったと。過去にヒ素を使った保険金詐欺をやっていたと。しかも、カレーにヒ素を入れることができる人間は林しかいないので、完全な物証がなくても林が犯人と判断していい。動機なんかは関係ないと。またスプリング8の鑑定はどうでもいいと。この事件は状況証拠が全てである。保険金詐欺で8億もだまし取るような林の言葉を信じていいのか」という人もいるかも知れない。

 

しかし、これでは疑わしきは被告人の利益にとする法の原則から明らかに逸脱することになるのだ。この判断をしていると冤罪を生むことになる。これは過去の多くの冤罪事件が証明している。

 

龍谷大学法科大学院教授の石塚伸一氏は「和歌山カレー毒物混入事件 再審請求と科学鑑定 科学証拠への信用性の揺らぎ」法律時報86巻10号 P98)という論文の中で以下のような問題点を挙げている。

 

確定審への疑問

(1)判決への疑問

本件については、以下のような疑問がある。

①被告人以外にも毒物を混入する機会がある者はいた。

②着衣が白のTシャツだったという目撃証言は疑わしい。そもそも、西鍋の蓋を開けて、白い湯気が上がったことは、東鍋の亜砒酸に毒物を入れたことと関連性がない。

③被告人の毛髪から砒素が検出された経緯が不自然かつ不合理である。

④林宅から微量の亜砒酸が付着したプラスチック容器が発見された経緯に疑問がある。

⑤決め手とされるスプリング8による異同識別には科学的に問題が多い。そもそもこの技法による「同一性」識別が刑事裁判における証拠足り得るかは疑問である。

⑥「カレー事件」は、殺人の動機が曖昧なのではなく、動機がない事件である。動機のない事件を状況証拠だけで立証することは不可能なのではないか。

⑦他に「真犯人」が存在する可能性が否定できない。

(法律時報86巻10号 P98)

 

さらに同氏は、捜査活動への疑問として以下の様なことも述べている。

 

「凶器のヒ素の製造から末端小売り業者に至るまでの流通状況の捜査に加え、4000点を超える鑑定等を実施した。その捜査関係書類は20数万枚を越える。しかし、それらのほとんどが弁護人に開示されていない。」(法律時報86巻10号 P98)