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和歌山毒物カレー事件 その2

冤罪事件である根拠

この事件が冤罪事件だと感じている人はおそらく少ないのではないか。実際、当方もそう考えていた。林真須美さん(以下、林さんとする)は夫婦でこのカレー事件が起こる前に白アリ駆除用のヒ素を使って詐欺を繰り返し、8億円もの大金を稼いでいたからである。犯罪行為を繰り返し、豪華な生活を送っていたのは間違いない。この点を見れば、普通林さんが毒物カレー事件の犯人だと最初に疑われるのは当然だろう。

 

しかし、いろいろ調べていくうちに実際に世の中に出回っている情報とかなり違いがあることが分かり、この事件も今まで当サイトで紹介してきたような冤罪事件であると濃厚に感じた。警察、検察から提出され、裁判所で判断された証拠では到底死刑判決を出せるものではない。

 

万一、この林さんに対して判決の通り、死刑が執行されたら後々大変なことになりそうだ。自白無し、直接証拠無し、いくつかの脆弱な状況証拠、すなわち過去の冤罪事件で疑われている証拠のでっち上げ(袴田事件の五点の衣類、狭山事件の万年筆等と同じようなことが行われた可能性さえもある)だけで死刑判決を言い渡している可能性が大だからである。 

 

死刑制度を賛成している方もこの事件は、過去の冤罪事件と同様、先入観を捨て自分でも十分調べて欲しい事件である。

 

この事件が冤罪事件ではないかと疑う2点を紹介していきたい。

 

1、林さんのみがカレーにヒ素を入れることができたとする判断 -証言の信憑性-

2、ヒ素の科学鑑定の信憑性、その意味 -スプリング8の鑑定結果等-

1、林さんのみがカレーにヒ素を入れることができたとする判断 証言の信憑性

①女子高校生の目撃証言について

最初に最重要の証言について紹介する。最重要証言はガレージの向かいの家に住んでいた女子高校生の証言である。この女子高校生は自宅2階の両親の寝室のベッドの上からうつぶせの状態で、窓越しにガレージにいた林さんを目撃したということである。以下のような証言をしている。

 

「ガレージで一人でカレーの見張りをしていた被告人が熊みたいに行ったり来たりし、しきりに道路のほうを気にしながら、カレーの鍋のフタをあけた。

 そして被告人は鍋の中をのぞき込んだが、鍋から上がった湯気をかぶってのけぞり、首にかけていたタオルで顔をふいて、熱かったみたいな感じでまた鍋のほうを見た。タオルで顔をふいたり、口のほうをタオルで押さえて、また鍋をのぞいていた」(一審の判決文の中にまとめられたA子さんの証言から抜粋・要約)

(冤罪ファイル2009 No.06 P27より引用)

この証言を読むと林さんがいかにも怪しい行動を取ったかのように感じるが・・・。

 

まず大事なことは当時このガレージでは、2つの鍋を並べてカレーが作られていた。そして上の証言で目撃されたカレー鍋は、2つのカレー鍋のうち、なんとヒ素が混入されていなかった方の鍋なのである。そして裁判では、この証言が重くとらえられて「ヒ素の入っていなかったカレー鍋のフタを開けたとする」ことが有罪の根拠の一つになっているのである。

 

さらにこの女子高校生のA子さんは、目撃した人物の服装を白いTシャツを着ていて、首からタオルを掛けていたと証言している。しかし、林さんはその時は黒のTシャツを着ていて首からタオルも掛けていなかったと証言している。そしてこの林さんの証言は、一審での公判期日外に行われる証人尋問での次女の証言と一致している。女子高校生のA子さんは、林さんの次女を林さんだと見間違えた可能性もあるのではないか。

 

そしてこの女子高校生Aさんの位置からガレージの詳細な内容まで本当に見えたのかも実は疑問が残る。

 

以下の写真の(a)(b)がカレーが作られていたガレージである。この奥辺りに4つ鍋が並べられていた。目撃者の高校生A子さんは、ガレージの反対の民家の2階にいた(写真(c))。向かいの家の2階から見たことになる。約16m離れていると(写真(d))。しかも以下の写真のガレージのアクリル板を通して見たと(写真(e))。このアクリル板を通して見ると鮮明さはかなり落ちるだろう。しかもさらにカーテン越しに見たということである。

(写真(a)「死刑弁護人」 東海テレビより)
(写真(b)「死刑弁護人」 東海テレビより)
(写真(c)「死刑弁護人」 東海テレビより)
(写真(d)「死刑弁護人」 東海テレビより)
(写真(e)「死刑弁護人」 東海テレビより)

弁護団が実際に女性が立つ、男性が立つという実験をやってみたところ、白いカーテン越しで15m離れていると以下の写真のように性別の区別も困難であることが判明した(写真(f))。

 

写真(g)、(h)は、15m先に洗面器の水にドライアイスを入れて白い煙を出す対象者を見た写真である。これを網戸、カーテンの2種類越しに見たが白い煙も見えないほどだ(写真(i))。

(写真(f)「死刑弁護人」 東海テレビより)
(写真(g)「死刑弁護人」 東海テレビより)
(写真(h)「死刑弁護人」 東海テレビより)
(写真(i)「死刑弁護人」 東海テレビより)

しかし、高校生の証言では、「白い煙が立っていた。目をキョロキョロさせて、不審な動作だった。林のおばちゃんだと分かった」と言っている。但し以上のような実験のように男性女性の区別さえつかない、白の煙も見えないのにもかかわらず、そのように詳細に目撃できたのだろうか、はなはだ疑問が残るとしか言いようがない。本人の思い込みや警察によって証言が誘導された可能性があるのではないかと思われる。

 

②住民の目撃証言について

次に、ヒ素を入れることができたのは、林さんだけとされている。しかし、これは本当だろうか。

 

事件当日のカレーが作られて被害者が出るまでの大まかな流れ

時間 内容
午前8時30分頃 民家のガレージでカレーが作り始められる
正午頃 カレーが完成する
午後0時20分~午後1時 林さんがガレージでカレーの見張りをする
午後3時頃 ガレージ隣の夏祭り会場に運ばれる
午後5時50分頃 カレーが参加者に配られる
午後6時5分頃 カレーを食べた人が激しく嘔吐し、誰かが「食べたらあかんで」と叫ぶ

 

このように調理がスタートしてから、夏祭り会場でカレーが配られるまで約9時間半近くもあった。カレーの調理や見張りに参加した主婦は20人以上がおり、皆がカレーの置かれたガレージに出入りしていた。午後3時頃以降は夏祭り会場にカレー鍋が運ばれ、5時50分頃にカレーが参加者に配られるまで不特定多数の人間が出入りしていたのである。

 

 警察、検察は、この時系列の中でカレーにヒ素を入れる機会があったのは、午後0時20分から午後1時までの約40分間であり、この時ガレージでカレーの見張りをしていた林さんだけとしているのである。そして犯行時間をこの時間に限定する一方で警察、検察は住民に対し、以下のようなことを行っていたのである。

 

①住民たちを警察学校や事件現場に一堂に集め、捜査員立ち会いの下、事件当日の様子を克明に再現させていた。
②住民たちからそれぞれ10回、20回と調書を録っていく中では、住民ら5人をまとめて警察に呼び、5人一緒で取り調べるような日もあった。
③住民たちに法廷で証言させる前に一様に長時間、かつ頻繁な証人テスト(ある住民の場合、5日連続)を受けさせたのみならず、その場で調書を読ませたり、読んで聞かせ、一年以上前の事件当日の記憶を喚起させていた。

(冤罪ファイル2009 No.06 P30より引用)

 

①、②は捜査段階で捜査当局が、③は公判段階で検察官が行っていたのである。ここまでやるとやはり警察、検察の描いたストーリーに即した内容の証言を引き出すように誘導された疑いも出てくるのではないか。そしてその誘導された、ある意味作られた証言をシナリオとして覚えさせ、それを住民たちに目撃証言として語らせていたとの疑いも出てくるのではないか・・・。少なくとも証言の信憑性が著しく下がると言わざるを得ない。