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今市事件 冤罪事件である根拠

③自白の信憑性

 勝又さんの自白によると被害者を殺害した時の様子はこうだ。勝又さんは左手で被害者の右肩を押さえると、右手に持ったナイフで被害者の胸の辺りを5回ぐらい刺し、がくっとひざまずく被害者を、その左手で掴みながら、さらに5回ぐらい刺し続けた。手を離すと被害者はそのまま地面に倒れ、その後勝又さんは被害者を持ち上げて、林道から投げて遺棄したという。

(「崩れたシナリオ ~検証・今市事件~」から テレビ朝日 2018年7月15日放送)

しかし、東京医科大学の吉田教授は、勝又さんの自白通りの殺害は、不可能だと指摘する。

 

吉田教授

「立ったままで10回以上刺したということはあり得ない」(自白では)「子供の右肩を左手一本で支えています。ドアを想像してもらいたいんですが、ドアというものは、片方が固定されていますよね。それで取っ手に近い方を押したら、回りますよね。(被害者が)仰向けの状態で真上から突き刺すようなことをしないと到底刺すことはできない。」(「崩れたシナリオ ~検証・今市事件~」から テレビ朝日 2018年7月15日放送)

 

 

(「崩れたシナリオ ~検証・今市事件~」から テレビ朝日 2018年7月15日放送)

さらに吉田教授が注目したのは、被害者の体内にほとんど血液が残っていなかったということだ。

 

吉田教授

「私は心臓を刺されたご遺体を沢山見ていますが、こんなに出血をしているご遺体というのは正直初めてですので、最後の最後まで心臓が動きながら体の外に出血し、送り続けた」と。

(「崩れたシナリオ ~検証・今市事件~」から テレビ朝日 2018年7月15日放送)

 

 吉田教授の指摘通り、勝又さんの自白は、当然、現場の血痕状況とも矛盾する。これについては、①犯行現場、犯行時間の不可解な変更のところでも書いたが、捜査資料には、勝又さんが自白した殺害現場の林道から採取された血痕は10カ所であったが、このうち被害者のDNA型と一致したのは2か所だけだったのだ。つまり吉田教授の言う“大量出血”の痕跡などどこにもなかったのだ。

 

 まずそもそもなぜ勝又さんは、自白をしたのか?

 自白研究の第一人者、浜田寿美男教授は、控訴審で、弁護側の依頼を受け、警察と検察で取り調べの様子が撮影された全ての映像を分析した。浜田教授によると勝又さんの自白には、捜査官に誘導された痕跡が随所に見られるというのである。

 

 

浜田教授

「現場状況を把握している捜査官の追及に合わせながら犯行ストーリーを作っていくという構図なんですね。女の子は、生身の人間ですから、生きてる間は、当然、(被害者が)抵抗して然るべきところを一切それが(自白で)語られていない。殺す場面が典型ですよ。刺したときに相手がどう声を出すとかどういう動きになるかなど一切ないと。」(「崩れたシナリオ ~検証・今市事件~」から テレビ朝日 2018年7月15日放送)

 

 

(「崩れたシナリオ ~検証・今市事件~」から テレビ朝日 2018年7月15日放送)

 そして、さらに今市事件を冤罪であるとして訴えている団体「えん罪今市事件・勝又拓哉さんを守る会」作成のリーフレットには、以下のようなことが書かれている。

 

勝又さんは別件逮捕後、6月までの約4か月間、連日長時間の取調べが続き、232時間に及んでいます。取調官は、否認する勝又さんをビンタして壁にぶつけたり、「殺したと言うまで寝かさない」「殺してごめんなさいと50回言え」と拷問まがいの取り調べを行っています。その上、台湾生まれの勝又さんは、日本語が不得手で、他人と上手くコミュニケーションを取ることが出来ませんでした。警察は、このような勝又さんの弱みにも付け込んで「自白」調書を作り上げたのです。(中略)勝又さんの自白は、強制された(任意性がない)ものであり、有罪の証拠にしてはなりません。  しかも、裁判で公開された「自白」の録画映像には、警察に心身共に痛めつけられて人格的に屈服させられ「自白」に至る過程は録画・録音されていません。1審判決が根拠とした録画映像は、捜査機関に都合の良い取調べ場面だけが録音・録画された不当なものです。(えん罪今市事件・勝又拓哉さんを守る会作成 リーフレットより引用)

 

 これは本当に驚くべき内容だ。このような違法な取調べであれば、自白の任意性はなく、到底有罪の証拠にならない。

 

 この裁判の一審は一般市民が参加する裁判員裁判であった。以上のように殺害を裏付ける物的証拠は何も無い中で、法律の専門知識がない裁判員たちは、自白だけで有罪、無罪の判断を迫られることになったのだ。

 

 しかも、法廷で流された自白の録音・録画テープは、取調べの全てを撮っていた映像ではなく、証拠として採用された一部の場面であるにも関わらず、これ「自白映像」が有罪の決め手とされたわけである。物証が無い中、自白に追い込む強圧的な取調べが行われ、その強圧的な取調べは録音録画されず、勝又さんがこれに屈して自白する際の場面映像は撮影され、それを裁判員に法廷で見せられ、それを決め手に「無期懲役」の判決が出されたと。

 

 そして驚くべきことに、被害者を強姦したはずの勝又さんのDNAが、被害者本人から全く発見されていないという事実は、裁判員には教えられていなかった…。これが全て事実ならと考えたとき、この裁判の恐ろしさのあまり背筋が凍る思いだ。

 

 なお、取調べの録音録画について、これを導入した基本概念に立ち返れば、その目的は、取調べを受けている人の権利を守ることであり、「違法な取調べがなかったかどうか」を明らかにすることである。この点からしてこの裁判のように自白映像をそのまま証拠にすることはおかしいのではないか。控訴審の藤井裁判長も以下のように述べている。雑誌「冤罪File」の中から引用する。

 

藤井裁判長は「取調べの録音録画は取調べの適正化を図るために行われるものだ」と言及した上で、「被告人の内心が映像と音声により映し出されているわけでもないのに、取調べ中の被告の姿を見て、自白の信用性を判断することには強い疑問がある」と断じたのだ(冤罪File No.29号 2018/11/29より引用)

 

 一部の録音が取調べの問題点を覆い隠し,えん罪を生む危険のある証拠であることは,足利事件や布川事件において作成された一部録音テープからも明らかである。

 

 いずれにしても物的証拠は何もなく、ほぼ自白のみで「無期懲役」の判決が出されたこの今市事件は、冤罪の可能性が高く、一刻も早く再審開始をすべき事件だと強く感じた。真犯人の可能性が高い第三者のDNAについて徹底的に捜査すべきである。このままでは、今市事件は、冤罪事件「足利事件」のようになりそうだ。栃木県警は、足利事件から一体何を学んだのだろうか。

 

 平成22年4月警察庁作成の「足利事件における警察捜査の問題点等について」の文書について紹介する。足利事件の捜査における問題点を分析している文章の中で以下のようなことが書かれている。

 

「内向的、非社交的で強く言われるとなかなか反論できない性格の同氏(管家利和氏)に対し、同氏の犯人性についての誤った先入観を強く持って取調べを行ったことが、捜査員の意に沿う虚偽の供述を続けさせた原因になったと考えられる。」「犯人でなければ幼女誘拐殺人死体遺棄事件という重要凶悪事件を自供するはずがないとの思い込みが要因と考えられる。」(「足利事件における警察捜査の問題点等について」)

 

 残念なことに、これらの過去の過ちと同じことが、再び「今市事件」の捜査、取調べで繰り返されているのではないだろうか。

(「崩れたシナリオ ~検証・今市事件~」から テレビ朝日 2018年7月15日放送)

 警察もこうした捜査の矛盾、証拠のおかしさを謙虚に受け入れた上で想像力を働かせ、「もしも勝又さんが無実だったら」「第三者のDNAの真犯人がいるかもしれない」と考えて一刻も早く捜査をやり直して欲しい。

 

 この今市事件を多くの国民が知るべきある。決して他人事ではない。裁判員裁判のやり方、取り調べの録音録画映像の使い方によっては、誰もが犯人に仕立てられる可能性さえある。この恐ろしい実態も知るべきだ。

 

 繰り返しになるが、とにかくこの今市事件は、冤罪の可能性が極めて高く、一刻も早く再審開始をすべき事件だと確信した。