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袴田事件2 その2

2、5点の衣類の色、自白の信用性について

 

袴田事件についての最初の記事のところで紹介したとおり、この事件が冤罪であると考えざるを得ないのは5点の衣類の色の問題と自白の信用性があまりに疑わしいためである。

 

静岡地裁は、5点の衣類に関して、「袴田さんのものでも、犯行着衣でもない。証拠がねつ造された疑いがある」とまで判決の際に述べていた。

 

2014/03/27 テレ朝ニュース

ところが、今回の東京高裁の決定は、静岡地裁の決定を覆す内容になったわけである。主な点は、以下の表のとおりである。

 

  弁護団 検察側 高裁決定
5点の衣類や付着した血痕の色 ・みそ漬けの血痕は時間が経過すると黒くなる。検察側のみそ漬け実験でも血痕は黒く変化し、衣類の血痕の赤みと一致しない。    ・衣類のカラー写真は経年劣化で当時の色を正確に反映していない。時間が経過しても血痕の赤みが残る場合はある。 ・写真は色の劣化や撮影の露出オーバーの疑いがあり、再現性は乏しい。タンク内のみその色と、再現実験で使われたみその色は、異なり、比較するのは不合理。

まず5点の衣類の色や付着した血痕の色について東京高裁は「写真は色の劣化や撮影の露出オーバーの疑いがあり、再現性は乏しい。」「タンク内のみその色と、再現実験で使われたみその色は、異なり、比較するのは不合理。」と判断した。

 

つまり、事件当時撮影された5点の衣類の写真が時間経過のため色が劣化したと。そしてその写真も露出オーバーの疑いがあると、つまり光が多すぎてきちんと対象を写されていなかったと。よってその露出オーバーの写真とおりの再現をすることは難しいと。当時の写真とおりの再現実験が現代にできなくても仕方がないということを主張したわけである。

 

またタンク内のみその色と再現実験で使われたみその色は、違うんだと。だから衣類の色が全体的に白っぽくても問題が無いんだという判断である。

これら東京高裁の判断は難癖を付けているとしか感じられない。

 

ⅰ)時間経過による色の劣化について

まず時間経過による写真劣化というが、写真がどの程度の時間に対してどの程度劣化し、色が変わるか根拠を示して欲しい。再現実験をして科学的根拠を提示して欲しい。

 

以下の写真専門サイトの「千年写真サイト」さんの記事からすると袴田事件の写真は、耐久年齢の半分程度であると考えられ、経年の劣化で使えないほどの劣化はないと言えるのではないか。

 

 

「カラー写真の場合、一般的な発色現像法による銀塩写真であれ、インクジェットプリンタによる出力であれ、おおむね100年程度の耐久性とされています。これは暗い場所に保管し、変色を及ぼすガスから遮断されているという、理想的な保存状態と仮定して、100年後には当初の色が70%程度残っていると見込まれる・・・」

千年写真サイトより引用

http://millenniumphoto.jp/mp-detail-durability.html

 

次に以下のOld PCs and Gadgetsさんのブログの時間経過シミュレーション写真からして、時間経過による色の劣化について、色は薄くなることはあるが、赤の色は赤の色と認識できる程度である。

Old PCs and Gadgets 写真の経年劣化をシミュレートするより引用

東京高裁が言う、時間経過で写真が劣化したと言うのであれば上の写真の例のように、根拠のデータやシミュレーション写真等を提出して、科学的根拠を示して欲しい。

 

 

ⅱ)露出オーバーについて

 

同じく露出オーバーの疑いの根拠を示して欲しい。露出オーバーの場合は、以下の写真の例のように本来の色より全体的に白っぽい写真になる。

「Perfect Camera」から引用

果たして再現実験のとおりにみそに染まりきって「真っ黒」近くなった血痕の色が、露出オーバーの現象によって、以下のようなTシャツの写真の「赤色」を果たして呈するのか?これも再現して示して欲しい。どの程度の露出した場合に、このような写真ができあがるのかを再現して欲しい。これについても科学的根拠を提出して欲しい。

赤い血痕が明確である

ちなみに弁護団の実験の味噌付けTシャツを露出オーバーで撮った場合の模擬写真として、弁護団の実験の味噌付けTシャツの写真をフォトショップで明るさを最大限に明るくしてみたのが真ん中の写真だ。Tシャツの色は確かに薄くはなるが、一番右の証拠品のTシャツとは根本的に色合いが異なるし、何より黒くなった血痕部分が、赤っぽくなることは無く、グレーっぽくなっただけだ。どうみても全く違うTシャツ写真としか言いようがない。

 

ⅲ)味噌の色

またみその色については、白みそではなく、赤みそであったのは間違いない。以下に当時の証言があるからである。

 

みそタンクから南京袋入りの衣類を発見した状況を、昭和四十二年九月十三日の静岡地裁の第十七回公判で第一発見者の水野氏は次のように証言している。

 

―― あなたが何をしている時に発見したのですか

「中に仕込まれた赤みそを運搬する箱へスコップですくいあげている時、スコップがとおらないので何かあると思って上の方をはねてみると中から南京袋の端が見えたんです。それでひきずり上げてみたのです」(中略)

 

―― その場で開けてみなかったのですか

「はい。こんなものが入っているわけがないと思ってひろげてみると中から血のついたものが見えたのです」(中略)

 

―― 一見して汚れていましたか

「はい、しろうとが見ても血だということがわかりました」

(袴田事件・冤罪の構造 高杉晋吾著 合同出版より引用)

 

この証言からわかるように5点の衣類が見つかった樽の中のみそは、赤みそであったということである。そして衣類に付着していたのは、見てすぐ血であるとわかったということだ。

「旨み研究所」より引用

一般に色によって味噌は分類される。赤みそは上の写真のように一番濃い色を呈している。東京高裁は、今回の決定で「タンク内のみその色と再現実験で使われたみその色は違う」と言っている。もしそう指摘するのであれば、ただ解釈だけを述べずに、実際にどのような赤みそに1年2カ月付けておいたら、上の写真のようなTシャツができあがるのかを示して欲しい。再現実験をして欲しい。

 

これも到底納得できる内容ではない。

 

以上見てきたように、東京高裁は解釈を述べただけで、5点の衣類がねつ造ではないとの科学的証明を一切実施していない。

 

 

 

ⅲ)自白について

 

自白については、東京高裁は、今回以下のような決定を出した。

 

  弁護団 検察側 高裁決定
袴田さんの自白 ・供述が不自然に変遷し、物的証拠や客観的状況との食い違いが起きる「虚偽自白」。 ・供述の変遷は犯情を軽くするための嘘や記憶の曖昧さを意味する。 取り調べには疑問と言わざるを得ない手法が含まれていたが、犯人性に合理的な疑いを生じさせることが明白な証拠とは言えない。

自白についてもたくさん納得のいかないことがあるが、今回は自白内容の不自然な変遷について紹介する。

 

警察、検察は計45通の自白調書を作成し裁判所に証拠として提出した。しかし、第一審静岡地裁判決では、9月9日以外の44通の自白調書について任意性が無いとして証拠から排除した。ほとんど証拠採用できなかったということを見ても、いかに取り調べの状況、調書の内容がデタラメなものであったかを物語っているのではないか。

 

唯一証拠採用された9月9日の調書についてだが、その犯行動機については、袴田さんが母親と子供の3人で暮らすアパートを借りる金が欲しかったからだとされている。引っ越し資金のために会社の専務家族を皆殺しにするのかと普通信じられないだろう。

 

さらにおかしいのは、袴田さんが自白を始めた9月6日から9月9日の検察官調書が作成されるまでのわずか3日の間に、動機が以下のように日替わりで転々と変更されている点である。

 

日付 自白内容
9月6日  不倫関係にあった専務の奥さんから、家を新築したいから強盗が入ったように見せかけて焼いてほしいと頼まれたため。
9月7日  専務の奥さんとの不倫関係が専務にバレてしまったので、専務と話をつけるため。
9月8日  母親と子供の3人で暮らすアパートを借りる金が欲しかったため。

袴田巌さんの再審を求める会 争点・疑問点 自白 から引用

 

このような短期間の間に動機が全く違う内容へと繰り返し変更が行われた自白が果たして信頼できるものか。自白の変更のおかしさを検討するためにも、証拠から排除された自白調書も見て、全体的に自白の信用性を検討すべきではないか。

 

袴田さんは、その他にも「パジャマで犯行に及んだこと(ちなみに、5点の衣類に関しては自白では全く触れられていない)」「裏木戸の金具を留めたままの状態で逃走したこと」を自白したことになっているが、その内容についてもおかしいのは明らかである。その後犯行は5点の衣類で行ったことになっているし、裏木戸も金具を留めたまま人が通過するのは難しいことが科学的にも証明されている。

 

後に弁護団が入手した県警の捜査資料には「取調官は、犯人は袴田以外にない。袴田で間違いないと本人に思い込ませろ」という一文があったのである。

 

最初の記事に書いたように平均12時間(最長16時間20分)に及ぶ長時間の連日の取り調べを行い、2~3人で棍棒で殴る蹴ることがあったり、またトレイにも行かせず、取調室におまるを持ち込み、そこで用を足させるまでやっていたことも明らかになっている。

 

参考)棍棒での暴力を含んだ過酷な取り調べなどについて、過去に国会でも鈴木宗男議員によって質疑が行われた。

 

袴田氏及びその弁護団、支援者は、袴田氏が逮捕された当時、時に一日十時間以上の長時間に渡る取調べを受け、しかもその際に、警察官により棍棒で殴られる等の熾烈な暴力にさらされたと訴えている。千葉大臣として、右の様な事情を承知しているか。

 

質問本文情報 いわゆる袴田事件に関する質問主意書 提出者  鈴木宗男

 

このような内容を総合的に考えて、東京高裁が「犯人性に合理的な疑いを生じさせることが明白な証拠とは言えない。」と一言で説明しているのには到底納得できる内容ではない。

 

そもそも事件捜査は当初から数々の疑問が提起されていた。以上のこれらの中でも「決定的証拠」とされた犯行時の衣類は、なぜ事件発生から1年以上経ってから見つかったのか。

 

※みそ樽の中から5点の衣類が見つかったことに関して、2014年4月3日放送のNHKクローズアップ現代「埋もれた証拠~袴田事件 当事者たちの告白」の中で以下の内容が報道されている。

 

 

取材を進めると、当時警察の内部にも同じ疑問を持っていた人がいたことが分かりました。

事件の直後、みそタンクを調べた捜査員です。

 

元捜査員(取材メモより)

「みそタンクの中を棒でかき回したり、中に入ったりして徹底して捜索を行っていたから、最初は中に何もなかったことは間違いない。」

 

タンクを調べたあと、警察は袴田さんの行動を常に監視していたため、衣類を隠すことはできなかったはずだといいます。

 

元捜査員(取材メモより)

「5点の衣類が出てきたときには驚いた。

袴田さんが自分で入れるのは不可能ではないか。」

 

何度も言っているがみそ樽の中にあった衣類がさほど変色していないのはなぜか。さらに袴田さんが実際にはけなかったズボンは、小さすぎないか。

 

※これについても、NHKクローズアップ現代「埋もれた証拠~袴田事件 当事者たちの告白」の中で以下の内容が報道されている

 

さらに、ほかの衣類にも重大な問題が見つかりました。

ズボンのサイズです。

 

袴田さんが、はけるかどうかが裁判の争点となっていました。

弁護団の求めに応じて行われた実験ではズボンは、はけませんでした。

検察は「みそに漬かって縮み袴田さんが太ったためで、事件当時ははけた」と主張しました。

 

根拠の1つとしたのがタグにあった「B」という記号。

ウエスト84センチのB体を意味すると主張しました。

 

裁判所は、ズボンに補正した跡があることなどからウエストはおよそ80センチだと判断。

袴田さんがふだんはいていたズボンは76から80センチだったため、裁判所は当時はけたと認めました。

ところが検察が開示した600点の証拠の中から、「B」が実はサイズではなかったという事実が明らかになりました。 「B」は色を意味していたのです。

 

さらに開示された調書から、捜査員がズボンを製造した会社に聞き取りを行い、「B」が色だと確認していたことも分かりました。当時、警察の調べに答えた会社の専務を捜し出し、話を聞くことができました。     

 

「Bがサイズだと言ったことは?」

 

アパレル会社役員

「全然ないです、そんな発想もないです。これはB色ということであって。あれだけ(警察が)調べていかれたのが、ただ単に勘違いでB体にすり替わるのは信じられない。」

 

 

調書には、ズボンのサイズに関する記述もありました。

ウエストは76センチだったのです。

見つかったズボンは、補正していたことなどを考慮すれば袴田さんがふだんはいていたものより明らかに小さいことが分かりました。

元裁判官の1人は、この証拠は極めて重要だと取材に対し証言しました。

 

元裁判官(取材メモより)

「判断するうえで大きな要素で、当時この証拠が出されていれば結論にも影響したのではないか。」

 

 

ここまでの内容が報道され明らかになっているのにも関わらず、今回の東京高裁は、なぜ静岡地裁の再審開始を覆したのか。

 

また、いまなお警察・検察が証拠を全面開示しないのはなぜかである。

 

いずれにしても今回の東京高裁の決定は、到底納得できるものではない。

 

繰り返しになるが、袴田事件は、冤罪の可能性が極めて高い事件であるにも関わらず、このような裁判所のやり方には、到底納得できない。近代法治国家としてこの裁判所のやり方や判断を容認して本当に良いのだろうか。

 

「疑わしきは、被告人の利益に」という法の原則ではなく、むしろ全く逆の「一度警察・検察、裁判所に『黒だ』とされた被告人は、自ら全く白だと完全証明できない限り『黒』とされ続ける」ということになる。極めて恐ろしい論理だと言わざるを得ない。

 

この論理、判断がまかり通れば、これからも冤罪が生まれ続ける可能性が高いことになる。国民一人一人が、いつ自分が袴田さんの立場になるかもしれないと考えて、この裁判には目を離さず、声を上げるべきだと考える。

 

 

 

追伸)

①検察は持っている全ての証拠を開示する、もしくは最低でも証拠のリストを開示することを法律で義務付けるべきではないか。最良証拠主義という言葉を使って、検察に自ら都合の悪い証拠を隠しているとしか思えず、このやり方がこれまで過去の冤罪事件を起こしてきたと指摘されているからだ。これが冤罪を生み出し、また冤罪であることが判明するまでに異常に時間がかかってきた事実があるからだ。

 

②検察が指名した学者による検証実験で東京高裁が判断しているのは中立とは言えないのではないか。少なくとも冤罪の可能性のある事件や難事件に関しては、裁判所が、警察、検察に頼らず公正で中立な第三者機関の科学鑑定を独自にできるシステムを持つべきではないだろうか。