袴田事件3 その5
④味噌の色
「5点の衣類」について血痕の色が焦点となった。弁護団は「5点の衣類」が1年2ヶ月もの間、味噌に漬かっていたにしては血痕が赤過ぎると指摘した。実際に1年以上味噌に漬けてみると、血痕の赤みが黒っぽく変化したのである。以下の写真は弁護団が2008年~2009年にかけて行った味噌漬け実験の様子である。
袴田弁護団 小川秀世弁護士
「色の濃さが全然違うじゃないですか。血液の赤みも残ってないですよね、全然ね」
1年以上味噌に漬けても、この写真のように血痕に赤みが残るのか、それとも赤みは消え、黒くなるのか。これが審議の中心となった。
ただ普通に考えて実験をやるまでもなく、1年以上味噌漬けして血痕の赤みが残るなどあり得ないことはすぐにわかる内容である。
検察側は、長期間味噌に漬けていても赤みが残る可能性があると弁護団と反対の主張をした。検察側も、血の付いた布を味噌に1年2ヶ月漬ける実験を行った。その結果がこちらの画像だ。検察は、「血痕の一部には顕著な赤みが残り、長時間味噌に漬けられても赤みが残る可能性は十分認められる」と弁護団の実験とは逆の結果が出たと主張した。
一体、この布のどこに赤みがあるというのか、とんでもない主張だと思う。
この検察の実験結果や検察の主張に対して袴田弁護団の小川弁護士は以下のように語った。
小川秀世弁護士
「赤みがもともと残っていた5点の衣類を1年2ヶ月漬けると赤みは全く消えていて、明らかに違う。証拠として事件と関係の無い着衣を入れたということでまさに捏造の裏付けることになったと言える」
これは言うまでもなく、小川弁護団の主張が誰が見てももっともだ。この右の検察の味噌漬け実験の写真のどこに赤みがあるのか?左の5点の衣類の赤みのある血痕の色と全く違う。小学生でもわかる問題だ。
弁護団は、長期間の味噌漬けが血痕に与える影響を科学的に解明するために法医学者に依頼。血液が入ったチューブに味噌の成分を加えると、血痕は酸が混ざった瞬間から黒くなった。
奥田勝博助教(旭川医科大学)
「塩酸を薄めたものを入れます。こちらですね。そうすると、まあ、もう黒くなったのがわかると思いますけど」
奥田勝博助教(旭川医科大学)
「味噌のような弱い酸やまたそれに加えて高い塩分濃度があると赤みの成分であるヘモグロビンがゆっくり酸化、変性、分解していく」
こちらは一般的味噌の条件だという弱酸性かつ塩分濃度10%の環境下での血液の色の変化である。時間が経つごとに血液の赤みは消え、どんどん黒くなっていく。
この基本的メカニズムに加え、さらに味噌タンクで起きるであろう「メイラード反応」によってさらに黒くなっていくということである。
奥田勝博助教が言うメイラード反応とは、血液中のタンパク質と味噌の中の糖が触れることによって、長時間かけて黒くなる化学反応である。
奥田勝博助教
「宿題となっていたのは、色、色調の変化。血液が赤みを失い、黒っぽくなることを科学的に説明することだったので、その説明は十分にできたと思う。」
検察側がさらなる主張として
「弁護団の実験の条件について、酸素が乏しいとされる味噌タンクの環境を考慮していない」と指摘したそうだ。
これに対して奥田助教は、こう反論する。
「もともと麻袋の中に衣類が入れられていて袋の隅間や繊維の間に、空気が入っていた。酸素は低い濃度ながらありますので、血痕の色調を変化させる十分な酸素はあったと考えています」
奥田助教は「味噌タンクの中も、5点の衣類が入る麻袋の中も無酸素という状況はありえない」としました。
弁護団は時間が経つごとに血液の赤みは消え、どんどん黒くなっていくと報告した。
そして2023年3月13日、東京高裁は5年前の自らの判断を覆して、再審開始を決めた。
当然の決定である。
「1年以上味噌漬けにされた衣類の血痕の赤みが消えることは専門的知見によって合理的に推測できる」
弁護団の主張を全面的に支持した。さらに東京高裁は、逮捕時に第三者が「5点の衣類を味噌タンクに入れた可能性もあると言及。
「第三者は捜査機関の者である可能性が極めて高いと思われる」
捜査機関による証拠ねつ造の疑いにまで踏み込んだ。
当然の判断、見解だろう。ただただここまで来るまでにあまりに時間がかかりすぎた。事件発生から57年、本当に長かった。