飯塚事件 その3
2、DNA鑑定、血液型鑑定のおかしさ
DNA型、血液型が二つ目の重要な証拠になる。
1).DNA鑑定
この事件でもDNA鑑定が死刑判決の重要な根拠になっている。DNA鑑定については以前、足利事件の記事で取り上げた。足利事件は、そのDNA鑑定が間違っていたことが裁判所でも完全に認められ、無罪判決になった事件である。
しかし、驚くべきことにこの飯塚事件でのDNA鑑定は、足利事件とほぼ同じ時期(足利事件=1991年秋、飯塚事件=1992年春)に、同じ鑑定方法(MCT118法)で、なんと鑑定人まで同じだったのである。これを聞いただけでも飯塚事件のおかしさがよくわかって頂けるかと思う。
飯塚事件のDNA鑑定にはさらに重大な疑惑が以下の通り3つある。
①科警研の鑑定と違う鑑定結果を隠していた
②鑑定写真の明暗を変更してプリントした疑い
③鑑定写真の一部が切り取られていた
にわかには信じがたい内容だが、以下にそれぞれ見ていくことにする。
ではまず、
①(検察は)科警研の鑑定と違う鑑定結果を隠していた
警察は92年3月に久間さんに髪の毛の提出を依頼し、92年夏前までには、その後法廷で証拠として提出されたとおり、久間さんと犯人のDNAは一致したとの結論を受け取っていたはずである。
しかし、警察はこのあと2年間以上の間、久間さんをなぜか逮捕しなかった。そしてこの間に別の研究機関にDNA鑑定を依頼していたのである。
おそらく、福岡県警は科警研のDNA鑑定に疑問を持っていたのであろう。
そして2年後の94年9月に久間さんが逮捕された。裁判で検察は科警研のDNA鑑定を証拠として提出したが、その他のDNA鑑定は提出しなかった。
その後裁判の中で弁護団から、科警研のDNA鑑定以外の鑑定があったはずではないかと追求され、渋々検察は別の鑑定書を証拠開示した。
その鑑定書はなんと科警研の鑑定結果を完全に否定していたのである。以下の表のとおりである。
MCT118法 |
科警研 |
久間さんのDNA型と犯人のDNAが一致した |
HLADQ α法 |
科警研 |
久間さんのDNA型と犯人のDNAが一致した |
ミトコンドリア法 |
帝京大 |
久間さんと同一のDNA型は検出されなかった |
HLADQ法 |
帝京大 |
久間さんと同一のDNA型は検出されなかった |
(「冤罪死刑 戦後6事件をたどる」 里見繁 インパクト出版会 より引用)
隠されていた鑑定書は、帝京大学が福岡県警の依頼を受けて作成されたものである。ミトコンドリア法など2種類のDNA鑑定を使って鑑定が行われた。その結果、どちらの鑑定法も
、現場から採取されたDNAや被害者の体から採取されたDNAと久間さんのDNAとは一致しなかったのである。つまり科警研の鑑定を否定していたことになる。(ちなみに帝京大学の鑑定では、久間さんとも少女2人とも違う別のDNAが検出されていたのである。)
DNA鑑定は足利事件の記事でも紹介したが、「型」を判定する方法である。複数の鑑定法で例え「一致」したとしても、犯人であると特定できないが、逆に一つの鑑定法で「不一致」という結論が出ればそれは別人を意味する。つまり犯人ではないということになる。(アメリカでDNA鑑定が、無実を発見するための方法として使われている理由でもある。)
そしてこの隠されていたDNA不一致の鑑定結果の鑑定書が法廷の前に明らかにされたが、なぜか、福岡地裁は、他の状況証拠とともに科警研のDNA鑑定は信用できるとし、久間さんに死刑判決を宣告したのである。1999年9月のことである。その後、2006年には最高裁で死刑が確定された。
②鑑定写真の明暗を変更してプリントした疑い
2012年10月25日に弁護団から福岡地裁に意見書が提出された。内容は科警研から提出されたDNA鑑定写真について改ざんされた可能性があるというものであった。にわかには信じがたい内容だが紹介したい。
MCT118法では、鑑定したいDNA(塩基)を取り出し、増幅装置PCRで増幅する。それから電気泳動という行程を行い、塩基数によっての移動距離の違いを測る。MCT118鑑定法は、このDNAの内側に存在する基本単位である「塩基」が16個ずつ1組になって繰り返されている部分を切り取って、それが何回繰り返されているかを調べる方法である。
電気泳動による解析とはゲルの分子のふるい効果を利用したものである。DNAはその構成要素にリン酸基を持っているので、マイナス(-)に帯電している。そのことで、DNA断片を含む溶液に電流を流すとプラス(+)の電極の方に移動(泳動)する。
その際にゲルが抵抗なり、短いDNA断片は抵抗が小さいために速く移動し、逆に長いDNA断片は抵抗が大きいためにゆっくりしか移動できない。この結果長さの違うDNA断片を分離できる。しかもDNA断片の長さと電気泳動距離に相関関係がある。そして既に長さのわかっているDNA断片を含む溶液(分子量マーカー)を同時に泳動させることで、未知のDNA断片の泳動距離と比較してDNA断片の長さ(=塩基数)を測る。
例えば、ある人のDNAについて電気泳動を行った結果、256塩基と416塩基を示す部分にDNAが現れた場合(通常父親と母親から受け継いだ二種類の数字が現れる)、その繰り返し回数は
256÷16=16
416÷16=26
となり、この人物のDNA型は、「16-26型」と判断される。
そして、科警研による久間さんのDNA型は「16-26型」とされている。以下の写真は検察が証拠として提出した現場で採取された試料のDNAの電気泳動の写真である。
ということであれば、この電気泳動写真の16と26のところにバンドが写っているはずである。しかし以下の写真を見る限り、そのようなバンドは映っていないように見える。
実際、DNA鑑定に詳しい市民バイオテクノロジー情報室代表の天笠啓祐氏も、この写真には「そのようなものは写っていない」と判断しているのである。
この写真から「16-26型」のバンドが映っていないのは、この写真の元のネガフィルムから写真を焼く際に、「光量を落として暗くしている」疑いがあると弁護団は主張している。
綺麗に写っていなければ困るはずだが、なぜそんなことをする必要があるのか。それは写っては困るバンドを見えなくする、つまり写ったら困るバンドを消すために暗くして撮影したと。本来の適量の光量で撮影したら全てのレーンに「16」のバンドが現れていることが発覚してしまうからではと弁護団は主張している。
まず少女OのDNA型は、「23-27型」は素人目でも確認できるようにはっきりと写っているし、実際そのように鑑定されている。しかし少女AのDNA型はよく見えない。
さて以下の下の写真は、2012年9月福岡地裁が科警研から取り寄せた証拠写真のネガフィルムを弁護団が複写し、パソコンで白黒反転させたものである。この写真を見ると上の写真と比べて全体的にバンドが明らかに鮮明に写っている。
少女AのDNA型も「18-25型」とされている。
この写真で問題なのは、例えば、少女O(「23-27型」)の心臓血のDNAのレーンにまで、薄くではあるが「16」が現れている。これは少女Oの心臓の血液のDNAであり、犯人のDNAが混ざることはあり得ない。(他にも薄くではあるが少女A「18-25型」の心臓血のDNAのレーンの「16」にもバンドが写っている)では、なぜ「16」が写っているのか。
実は電気泳動で時々現れる現象で、DNAを増幅させた際に出る余分な(extra)バンドと考えられていて、鑑定したいDNAとは全く関係のない、まさしく余分なバンドが現れることがある。
これについて「この『16』はエキストラバンドであり、犯人のDNAとは無関係であると。科警研はそれを隠すためにわざと光量を下げ、写真をねつ造した」と弁護団が主張していると、関西大学社会学部教授里見繁氏はその著書「冤罪死刑」で報告している。
これは驚くべき内容だが、もしそうであれば本来2本のバンドしか映らないのに3本写っていることは納得できるし、このような鮮明な写真が本来出せるのに、上のような証拠としては不適切なほど、ほとんどバンドが見えない写真を出してきていることも納得できる。
弁護団の主張が合理的であり、正しいように感じる。
こんなことが許されるのか・・・。
③鑑定写真の一部を切り取られていた
次にさらに驚くべき内容である。
もう一度、先ほどの2枚の写真をご覧頂きたい。
下の写真は、上の写真よりも鮮明であるばかりでなく、写真の横幅が長い。これはなぜか?
なんと実は上の科警研の写真は一部を切り取ったものだった。
そして下の写真を見てわかるとおり、切り取ったすぐ上には、被害者でもなく、久間さんでもない、第三者が真犯人の可能性があるDNA型が鮮明に写っているのである。
以下の写真で赤で囲った部分である。
これは123マーカーからして「41-45型」と推定されている。弁護団はこれこそが真犯人のDNAであると主張した。足利事件で明らかになったように123マーカーが正確ではない。ただ少なくとも科警研が久間さんのDNA型だという「16-26型」ではないことはいえるだろう。つまり驚くべきことに全く別人のDNAがきちんと写っていたことになる。
なぜ科警研はこの部分を切り取って写真にしたのか。
科警研はネガフィルムから写真を現像する際に、真犯人につながる可能性のある重要なバンドをフレームから外したということになる。
死刑判決の根拠になった科警研鑑定書に添付されていた写真に工作が加えられていたということである。これによって真犯人の可能性がある「41-45型」のバンドが写真に写っていなかったわけである。
一体なぜこんなことをしたのだろうか。
これに対して福岡地検は、「鑑定書を作成する上で必要な物を提示したに過ぎないから問題ない」としている。
しかし、筑波大学 法医学 本田克也教授は「これが不必要なものか、真犯人のものであるかをこのネガフィルムだけでは判断できない」としている。
福岡地検には、これが不必要なものであることを是非説明して欲しいものである。
さらに2009年10月に久間さんの妻が福岡地裁に再審請求したが、その際に弁護団から提出された新証拠があった。それは、久間さんの肌着から採取した上皮組織や電気カミソリ内のひげを筑波大学の本田教授がDNA鑑定したものであり、その結果は、なんと驚くべきことに「18-30型」だったのだ。これは科警研の鑑定結果を完全に否定する内容である。
これで本来はすぐに再審開始、そして無罪判決が出て良いほどの内容ではないか?
左側:DNA鑑定した元のネガフィルム
中央:ネガを写真に現像したときと同じ状態の写真
右側:検察が証拠として提出した写真
すこし見にくいが、右の写真の赤い点は、検察が強調のためにつけたものである。
2).血液型鑑定
そして2013年6月DNA型に付け加えて血液型の鑑定も間違っていると裁判所に対して説明した。遺体から見つかった血液は、被害者と犯人の混合血液だった。
科警研はこの混合血液から犯人の血液型をB型と判定していた。久間さんの血液型もB型で一致したとされていた。
ところが本田教授は、当時の鑑定を見直したところ、単独犯だとすれば、犯人の血液型はAB型としか考えられないと主張している。
少女A(血液型A型)に関する試料からは、A型、B型の血液成分が出た。被害者がA型であるので、単独犯の犯行だとすれば、その犯人は、B型かAB型となる。
そして少女O(血液型O型)に関する試料からは、A型、B型、O型の血液成分が出た。被害者がO型であるので、犯人の血液型は、AB型となる。
しかし、少女Oの試料中のA型は、少女Aの血液が混ざった可能性がある。その場合は、犯人はB型の可能性もある。そして科警研は、この少女Aの血液成分が少女O型の試料に混ざったという判断をした。よって犯人はB型だと結論付けたのである
このB型は、久間さんの血液型と同じである。
本田教授は、少女Aの試料から想定される犯人は、B型かAB型、少女O型の試料から想定される犯人はAB型であると。両方に共通する血液型はAB型なので、単独犯であれば犯人はAB型であると。分かりやすく、シンプルである。
しかも本田教授は科警研の少女Aの血液成分が少女O型の試料に混ざったという可能性を否定している。その理由は、少女Oの試料を使ってのDNA鑑定では、少女AのDNA型は検出されていないためだ。よって少女Oの試料群に少女A型の血液が混入する可能性はないと本田教授は主張する。
しかし、裁判所はこれに対して、以下のように答えている。以下は里見氏繁氏著書「冤罪死刑」から引用する。
「決定は、次のように指摘して本田教授の主張を退けた。血液型は赤血球を使用し、DNA鑑定では白血球を使用する。つまり、血液中のまったく違う部分を使用しているので、血液型鑑定の際に、第二試料群(少女Oに関する試料のこと)からから、少女Aの血液成分が検出されて、一方、DNA鑑定では少女AのDNA型が検出されない、ということは十分あり得ると述べた。」(「冤罪死刑」 里見繁著)
確かに裁判所の言いたいことはわかるが、本田教授の主張も可能性の領域であるとするならば、同じく裁判所の主張も可能性である。
しかも、警察は試料を使い切っているので(そのように主張している)、もはや再鑑定ができない。
さらに科警研は、大変な失態をしている。それは血液型鑑定の際に大変重要な血液凝集反応の写真を紛失したということである。この血液型凝集反応の強弱から血液型を判断するのである。これを紛失していると。こんなことがあっていいのだろうか。死刑判決の根拠になっている非常に重要な証拠なのに、である。
そして実は事件直後、犯人とされる血液型は、福岡県警の科捜研ではAB型であると結論を出していたが、その後の科警研の鑑定ではB型とされたのである。
福岡地検はこれに対して
「鑑定は誤りではない。本田教授の独自の見解」と説明している。
裁判所は、明確な根拠なく、ひたすら検察の主張を支持しているだけのように見える。
疑わしきは、被告人の利益にではなく、疑わしきは、検察の利益にとして見えないように感じる。