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「袴田事件」検察が特別抗告を断念 再審開始へ

「袴田事件」検察が特別抗告を断念 再審開始へ
2023年3月20日 21時55分

 

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230320/k10014013721000.html

 

57年前、静岡県で一家4人が殺害されたいわゆる「袴田事件」で、死刑が確定した袴田巌さんの再審=裁判のやり直しを認めた東京高等裁判所の決定について、検察は最高裁判所に特別抗告しないことを明らかにしました。

 

これにより死刑判決の確定から40年余りを経て、やり直しの裁判が開かれることになりました。死刑が確定した事件で再審が行われるのは5件目で、過去4件はいずれも無罪が言い渡されています。

 

57年前の1966年に今の静岡市清水区で一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(87)について、東京高等裁判所は今月13日に「有罪の根拠とされた証拠に合理的な疑いが生じた」として再審を認める決定をしました。

 

決定は、逮捕から1年以上あとに現場近くの“みそタンク”から見つかった衣類について、弁護側の新たな実験結果などをもとに「袴田さんが犯行時に着ていたという確定判決の認定には合理的な疑いが生じる」と指摘した上で、捜査機関によるねつ造の疑いにも言及し、厳しく批判しました。

 

この決定について、東京高等検察庁は最高裁判所に特別抗告しないことを明らかにしました。

 

東京高検の山元裕史次席検事は「再審開始を認めた東京高裁の決定には承服し難い点があるものの、法の規定する特別抗告の申し立て事由があるとの判断に至らず特別抗告しないこととした」などとするコメントを発表しました

 

これにより、死刑判決の確定から40年余りを経て、静岡地方裁判所でやり直しの裁判が開かれることになります。

 

この事件では静岡地方裁判所が9年前、再審を認める決定を出し、袴田さんは死刑囚として初めて釈放されましたが、東京高裁は一転して再審を認めず、その後、最高裁が再び東京高裁での審理を命じる異例の展開をたどっていました。

 

死刑が確定した事件で再審が開かれるのは5件目で、過去4件はいずれも無罪が言い渡されています。

 

東京高検 次席検事“申し立て事由があるとの判断に至らず”
東京高検の山元裕史次席検事は「再審開始を認めた東京高裁の決定には承服し難い点があるものの法の規定する特別抗告の申し立て事由があるとの判断に至らず、特別抗告しないこととした」などとするコメントを発表しました。

 

東京高検 次席検事「特定の方向で議論したわけではない」
東京高等検察庁の山元裕史次席検事は20日夜、報道陣に対し、「特別抗告断念を求める検察への申し入れなど色々な意見があったことは承知しているが、法と証拠に基づいて慎重な検討を重ねた結果、特別抗告の事由があるという判断に至らなかった。特定の方向で議論したわけではない」と述べました。

 

また袴田さんを今も犯人とみているのかという質問に対しては「事件の具体的な見方や個別の証拠の評価について述べることは現時点では差し控えたい」と述べました。

 

このほか報道陣からは
▽やり直しの裁判の中で有罪の立証を行うかどうかや
▽現時点で、検察として袴田さんに謝罪する意思があるか、それに
▽東京高裁が決定で、捜査機関による証拠のねつ造の疑いを指摘したことについての見解を問う質問も出ましたが、
いずれも「今後、公判があるので、現時点でのコメントを差し控えたい」という回答を繰り返しました。

 

「記者会見開始1分前」に担当検事から弁護士に“断念”の連絡
袴田さんの弁護団は、午後4時半から東京 霞が関で記者会見を予定していて、会見場に入るとすぐに「検察から『特別抗告を断念する』と連絡があった」と声をあげて、報道陣や集まった支援者に伝えました。

 

記者会見で弁護団の事務局長を務める小川秀世弁護士は「さきほど午後4時29分に担当検事から特別抗告しないと電話があった。本当にありがたい。支援者をはじめとする人たちの力が1つになってきょうを迎えられたと思う」と泣きながら話しました。そして「無罪の判決を聞かないと巌さんと姉のひで子さんが本当の意味で元の生活に戻れないので早く無罪にしてあげたい」と話しました。

 

また、弁護団長の西嶋勝彦弁護士は「決定は一つ一つの論点について詳細に検討し、検察の主張は成り立たないと判断していたので特別抗告の理由は全くないと思っていた。今後の再審の裁判で袴田さんの無実を早く明らかにしたい」と声をつまらせながら話しました。そのうえで「検察が東京高裁に即時抗告をしたのがそもそもの間違いで、むだな時間を費やした。巌さんとひで子さんに無用な苦痛を与えたと思う」と批判しました。

 

袴田さんの姉のひで子さん(90)は浜松市の自宅からオンラインで会見に参加し、「再審開始のときと同じでとてもうれしく、これで安心です。巌にも『安心しな、再審開始になったよ』と説明しました。本人がわかっているかどうかはわかりませんが、巌の言うとおりになったと思います。検察は腹を決めてくれて立派だと思う。本当にありがたい」と笑顔で話していました。

 

ひで子さん「巌が死刑囚でなくなることをひたすら願っている」
またひで子さんは取材に対し「こんなにうれしいことはない。ありがとうのことばしかない。検察が特別抗告を断念したことにも『よくぞ決断してくれた』と敬意を表したい」と喜びをあらわにしました。

 

ひで子さんは自宅にいた午後4時半ごろ、特別抗告の断念について支援者から連絡を受けたということで「なにがなんだかわからないくらい大騒ぎして、走り回って喜んだ。そのとき、ちょうど、巌が家に帰ってきたので『巌の言うとおりになったよ。もう大丈夫だから安心していいよ』と伝えた。本人の反応はなかったが、きっとわかっていると思う。『当たり前だ』と思っているはずだ」と振り返りました。そして今後開かれるやり直しの裁判については「再審が開始され、無罪になって、巌が死刑囚でなくなることをひたすら願っている」と話していました。

 

ひで子さん 満面の笑顔で「やった!」とガッツポーズ
支援者が撮影した映像によりますと、袴田巌さん(87)の姉のひで子さん(90)は、検察が特別抗告を断念したことを自宅で支援者から伝えられた際、満面の笑顔で「やった!」と述べ、ガッツポーズしました。

 

そして支援者と抱き合って喜びをかみしめていました。

そのすぐ後、袴田さんが支援者の車でのドライブを終えて自宅に帰ってくると、ひで子さんはさっそくやり直しの裁判が開かれることを報告していました。

 

ひで子さんは袴田さんの肩を優しくたたきながら、「検察が特別抗告を断念した。だから、完全に今度は無罪だ。完全に勝った。あんたの言うとおりになった。もう安心だで、なにも心配なくなった。57年間闘ってきたもんね、いわちゃん」と笑顔で語りかけていました。

 

東京高検前で「座り込み」の人たちも涙
東京高等検察庁の前では昼すぎから袴田さんの支援者など40人ほどが特別抗告の断念を求めて座り込みをしていました。

 

午後4時半ごろに検察が断念したとの情報が入ると支援者の1人が「特別抗告断念という知らせが来ました。皆さんバンザイしましょう。57年に及ぶ巌さんの無実の叫びが実りました。再審開始決定です」と声をあげました。

 

集まった人たちからは歓声や拍手があがり「よかったね」と互いに肩をたたきあったり、涙を流したりする人もいました。

静岡県警本部コメント「再審を見守っていきたい」
再審=裁判のやり直しを認めた東京高等裁判所の決定について、検察が最高裁判所に特別抗告しないことを決めたことについて、静岡県警察本部は「県警としては再審を見守っていきたい」とコメントしています。

 

今後 有罪判決を最初に言い渡した静岡地裁で再審へ
検察が期限までに特別抗告しなかったことで、袴田巌さんの再審=裁判のやり直しが確定し、今後、静岡地方裁判所でやり直しの裁判が開かれることになります。

 

再審の審理は、確定した有罪判決を最初に言い渡した裁判所で行われ、今回は裁判員制度が始まる前の事件のため裁判官だけで審理にあたります。

 

検察が争わなければ1回で審理が終わることもあり、無罪が言い渡され確定したら名誉回復のため官報と新聞に判決を掲載し、公に知らせることになっています。

 

一方、判決に不服がある場合は通常の裁判と同様に控訴や上告をすることができます。

 

支援者「巌さんはまだわかっていないようで反応薄い」
支援者が午前中に撮影した映像では袴田さんがテレビを見ながら笑顔を見せる場面もみられました。

 

このあと姉のひで子さんとともに昼食をとり、支援者が差し入れた手作りのギョーザなどを食べたということです。

 

袴田さんは午後1時ごろに支援者の車で日課のドライブに出かけ、浜松市内の公園や寺などをまわって午後4時半ごろに自宅に帰ってきたということです。

 

そして、自宅に帰ってきた直後にひで子さんから検察が抗告を断念したことを伝えられたということです。

 

袴田さんを支援している市民グループの代表の猪野待子さんは「ひで子さんが喜んでいるのに対し、巌さんはまだわかっていないようで反応が薄くて対照的だった。私たちもまだ夢を見ているんじゃないかと思う」と話していました。

 

最高裁判所への特別抗告“断念”は過去に足利事件などでも
最高裁判所への特別抗告は、決定に憲法違反や判例違反がある場合に限られていて、検察が再審開始決定に対する特別抗告を断念したケースは過去にもあります。

 

1990年に栃木県で当時4歳の女の子が殺害されたいわゆる「足利事件」では、殺人などの罪で無期懲役が確定した菅家利和さんが無実を訴えて裁判のやり直しを求め、2009年に東京高等裁判所が再審を認める決定をしました。

 

この事件では、DNAの再鑑定の結果、菅家さんが犯人ではない可能性が高いという見解が示され、再審を認める決定が出される前に、検察が刑の執行を停止して菅家さんを刑務所から釈放する異例の措置をとり、再審開始決定についても特別抗告しませんでした。菅家さんは、その後再審で無罪判決が言い渡され、確定しています。

 

また、1995年に大阪 東住吉区の住宅で11歳の女の子が死亡した火事では、放火や殺人の罪で無期懲役が確定した青木惠子さんたち2人が裁判のやり直しを求め、2012年に大阪地方裁判所が認める決定をしました。

 

検察は大阪高等裁判所に即時抗告しましたが、2015年に退けられ、大阪高等検察庁は「事実認定には直ちに承服しがたい点があるものの、憲法違反などがあるとまでは言えない」などとして特別抗告を断念しました。

 

その後開かれたやり直しの裁判で、検察は有罪の主張や立証をせず、無罪が確定しました。

 

死刑確定の事件での裁判やりなおしは過去4件 いずれも無罪に
死刑が確定した事件で初めて再審が認められたのは1950年に香川県で63歳の男性が殺害され現金が奪われた「財田川事件」です。

 

その後も、1948年に熊本県で夫婦2人が殺害された「免田事件」や1955年に宮城県で住宅が全焼して一家4人が遺体で見つかった「松山事件」、1954年に静岡県で当時6歳の女の子が連れ去られ殺害された「島田事件」で再審が開かれ、これら4件の事件は、裁判をやり直した結果、いずれも無罪判決が言い渡されました。

 

死刑が確定した事件で再審が決まったのは今回が5件目で、島田事件の再審が決まった36年前の1987年以来となります。

 

日弁連会長「無罪判決得て真の自由獲得できるよう強く希望」
袴田さんの裁判のやり直しが決まったことについて、日弁連=日本弁護士連合会の小林元治会長は談話を発表しました。「一刻も早く再審が開始され、迅速な審理によって袴田さんが無罪判決を得て真の自由を獲得できるよう強く希望する」としたうえで「袴田さんの再審での支援や、再審法改正を含めえん罪を防止するための制度改革の早期実現に向けて努力する」としています。