名張毒ぶどう酒事件 その3
3)毒ぶどう酒の成分分析について
ニッカリンTは、テップ剤と呼ばれる農薬であるが、ニッカリンTの製造方法では、主成分のテップの他、製造工程で発生する不純物(トリエチルピロリン酸(トリエチルピロホスフェート))が含まれている。
しかし、毒物が混入されていたぶどう酒の飲み残りからは、この不純物が検出されていないのである。テップとテップが加水分解した物質であるデップ(DEP)が検出されているものの、トリエチルピロリン酸(トリエチルピロホスフェート)は検出されていない。
(※加水分解: 反応物に水が反応し、分解生成物が得られる反応のこと)
【図の解説】
図の左側の1が飲み残りのぶどう酒を検査した結果である。これにはトリエチルピロリン酸の反応はない。それに比べて、テップ剤を入れた他の検査結果には、トリエチルピロリン酸の反応がある。
この不純物のトリエチルピロリン酸が検出されなかった理由について、当時の鑑定人は加水分解速度が非常に速く、それにより消失したと説明していた。
しかし後に、弁護団の調査・研究を積み重ねた結果、ニッカリンTには、製造後30年を経過しても15%以上のトリエチルピロリン酸が含まれており、このトリエチルピロリン酸の加水分解速度はテップ剤と比較すると非常に遅いことがわかったのである。
さらに弁護団は、この点を明らかにするために農化学の専門家の京都大学教授、宮本恒氏に鑑定を依頼した。以下が宮本教授の実験、鑑定データである。
ニッカリンTに水を加えて2日間放置した結果 | |
テップ | 28.8% → 2.1% |
不純物(トリエチルピロリン酸) |
15.1% → 11.6% |
ニッカリンTにエタノール溶液を加えて2日間放置した結果 | |
テップ | 29.0% → 12.0% |
不純物(トリエチルピロリン酸) | 14.6% → 12.5% |
(京都大学教授 宮川恒氏の実験、鑑定:冤罪ファイルNo6 2009年6月号から参照)
これらのデータから、テップは加水分解されて激減しているのに対して、不純物トリエチルピロホスフェートの減り方はかなり少ないのがわかる。エタノール溶液の場合もしかりである。
つまり、飲み残りのぶどう酒からテップが検出されているにも関わらず、それよりも加水分解スピードの遅いトリエチルピロリン酸が検出されていないということは、当時の鑑定人の説明には無理があることになる。
事件に使われた農薬は奥西さんが所有していたニッカリンTではない可能性が高いのではないか。何か別のテップ剤が使われた可能性が高まったことになる。
尚、当時市販されていた別のテップ剤の製造方法では、トリエチルピロリン酸が生成されない。この事実を見ても、やはり犯行に使われたニッカリンTでないのではと言わざるを得ない。これだけでも無罪になりそうな重大な内容ではないだろうか。